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パワーユニットの変化に立会うわくわく感

投稿日:2018年10月20日 更新日:

約150年続いたガソリン車の時代が終わろうとしている

TwitterでNirone(ニローネ) @Via_Nirone7さんが興味深いことを呟いていました。

 

 

いや〜、こうやってまとめていただくと、じつに壮観ですね!

電動車=電気自動車ではないですが、間違いなくエンジンは消えゆく運命にあります。

 



パワーユニットなんてどーでも良い

こういうことを言うと「エクゾーストノートがー」「エンジンの鼓動がー」という意見が必ず現れるのですが、あなたはご自宅のクルマでそんなもの気にして乗ってますか?

パワーユニットに対する思い入れなんて、大多数の人にとってはせいぜい税金に直結する排気量を少し気にするぐらいで、気筒数だのターボだの何速トランスミッションだの、どーでも良いことだと思います。

 

そもそも1839年に自動車が最初に発明されたときに搭載されていたパワーユニットは電動モーターでした。

そして1900年頃までは、エンジン車は構造が複雑で取扱や運転も難しいという理由で敬遠される一方で、電気自動車は製造やメンテナンスが容易で排ガスや臭いもなく、出力特性も素直であるため、自動車のパワーユニットはモーターが主流でした。

しかしその後バッテリーの進化が停滞する一方でエンジンの改良が進んだことから形勢逆転、現在に至るまでエンジンの天下が続いてきたのです。

 

時は流れて2018年。

100年以上も前から電気自動車のボトルネックとなっていたバッテリーがようやく実用に耐えうるものになってきたことで、もともと乗り物として素性の良かった電動車がようやく日の目を見ようとしています。

 

ただ、世の中にはデジカメの時代にあってもフィルムカメラにこだわるユーザーがいたり、デジタルオーディオの時代にあってもアナログレコードにこだわるユーザーがいたり、蒸気機関車のメカニズムを愛する人がいたりと、どのジャンルにもマニアは一定数存在します。

したがってどんなにEVが進化しても、「エンスー」と呼ばれる人たちがエンジンのサウンドや鼓動を愛し続ける限り、内燃機関がこの世から消えて無くなることはないでしょう。

 

しかし世の中の大多数の人にとって、内燃機関のマニアックな味わいなんてどーでもいい。

時代は確実に電動化に向かっています。

 

変化は一瞬でやってくる

一瞬で変化するものの例

 

実は過去にも、自動車業界に一瞬で変化が生じた事例が存在します。

 

次に示すのは画像はニューヨークの5番街の写真です。

上の写真は1900年。この頃は馬車が街中走っています。中には自動車もポツポツあるのですが馬車だらけで肩身は狭いですね。

ところが1908年にT型フォードが発売さると、大量生産された安価な自動車は一気に市場に普及します。

そして下の写真は1913年。馬車(と御者)はすっかり姿を消しました。T型フォードの発売からわずか5年の出来事!

 

おそらくエンジン車から電気自動車への転換も、現在ボトルネックとなっているバッテリーのコストパフォーマンスが臨界点に到達すると、EVは乗り物としての素性の良さのみならず政治的な追い風もあるので、一気に変化することは間違いないでしょう。

その引き金を引くのが全固体電池なのかリチウム空気電池なのかはわかりませんが、おそらくこれから約10年のうちに私たちは時代が変化する瞬間に立会うことになることでしょう。

 

 

あなたは新しい時代に胸躍らせる悟空ですか?

それとも緩慢な死に向かう馬車の御者ですか?

 



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